いい仕事 トップインタビュー

「ソフトウェアを通して人材を育成し、日本の優秀な技術を継承していきたい。」
そんな思いから、現代表取締役の春日 隆さんが2001年に株式会社アイシスウエアを設立しました。
FA機器用画像処理ソフト開発を得意とし、現在ではホクト株式会社、京セラ株式会社など大手企業と取引。社員一丸となって開発課題に取り組める環境だからこそ出来る、柔軟な対応と品質の高さで着々と事業を拡大してきました。
常に最先端の技術を追い求め進化しつつも、エンジニアが「ここにいてよかった」と身も心も豊かに暮らせる会社にしたい、と語る春日さんにお話しを伺いしました。

株式会社アイシスウエア
代表取締役 春日 隆
ー 創業のきっかけをお聞かせください。
伊那に本社を構え、オフィス家具・エクステリア製品等を販売するタカノ株式会社より独立、組織改変を転機として、一緒に働いてきた仲間と人を育てることをしたいという思いから、2001年にアイシスウエアを立上げました。

タカノ株式会社は非常に教育に熱心な会社だったので、アイシスウエアでも、様々な研修会があります。人を育てるという素晴らしい面を見習いながら、自分の会社で人を育てていきたいなという思いが強かったですね。 また、自然が多い伊那谷で暮らしながら、自分が出来ること、得意とすることを考え、ソフト関係の会社を立ち上げました。
ー 貴社の理念についてお聞かせください。
たとえ大きな会社組織の場合でも、属人的な仕事であるSEなど技術職で優秀な担当者ほど受け持つ案件が多く、蓄積した案件フォローも多数になり、逆に精神的負担は蓄積するのが常であります。そこにどうしても閉塞感を感じる場面があり、勤める人がもっと豊かに暮らしていけるような、ライフワークバランスを重視した会社、システムエンジニアや技術者の人が「ここにいてよかったな」と思えるような会社にしたいという思いがあります。
小さい会社ならではのスピード感や、人の繋がりなどのメリットを活かした会社作りをしていきたいです。

月並みなことですが、企業は人なりということを痛感します。やはり人があってこその企業なので。そして教育をしっかり行い、人のレベルを上げていくことで通用するような人材を育てていきたいですね。育てた人材がいずれ卒業することになっても、会社としては残念な思いもありますが、それも会社の社会的な責任(CSR)の一貫としてとらえております。つい最近も教授になられたり、全く違う毛色の会社に入られたり。個々人のキャリアをカバー出来る部分も持っていたいなとは思います。
当社のコアコンピタンスである画像処理ソフトというのをやっていると、5年前までは製造業の黒子的存在でしたが、最近のIoTやロボティクスや、ロボットビジョンなどは、すべて画像処理につながるものなので、ものづくり分野でかなり幅広く活躍の機会が増えてきています。

最近は、自社がやってきたことが主役になれたかなということもあって、ホクトさんや、京セラさんなど、大手の会社様と取引しています。当社の役割としては、ものづくり日本の技能・技術・感性を先端デバイス+ソフトウェアを駆使して、技能労働者の人手不足解消のお手伝いできる集団を志しております。ここ5年ほどの新たなチャレンジとして、システムまで全部請けるようにしたり、お客様の夢の装置=ドリームマシン作成なんかも積極的に作って感謝いただき、私達もお客様から励ましをいただきました。
ー 今後の展望などはありますか?
日本のものづくりの技能や技術を伝えるために、ソフトウェア中心に業務も人材教育もやっていきたいと思っています。この地で若い人に繋いでいきたい。若い方に面白みを感じてもらって、日本の技術は凄いんだなという気持ちを少しでも感じてもらいたいです。

会社全体で常に先端のデバイスを追いかけて、お客様にも提案する。そしてお客様がサービスに対して感動してくれたらもっと嬉しいですよね。この過程が凄く勉強になりますし、実際にやってみるということがとても大事だと考えています。社員が日本のものづくりの感性を自社のソフト作りのなかで勉強してもらって、一人前になって頂ければと。そう考えています。

また社員には研修会や講習会にも積極的に行くよう伝えています。田舎なので、どうしても情報が遅れてしまう。地域の企業にも最先端のものを提案出来るよう積極的に情報収集をするようにしていますね。
ー 募集職種・求める人物像についてお聞かせください。
FA分野のシステムエンジニアと営業技術職になります。客先に訪問することはありますが、客先常駐はなく、社内で作って納品という流れになります。仕事内容としては、とても最先端なことをやっているので、勉強好きな方や技術について面白いと思える方が良いと思いますね。
ー ありがとうございました。

株式会社アイシスウエア

募集職種
(1) FA分野システムエンジニア(PLCソフト・PCソフト/C++ C#メインで他も相談可能です )
(2) 営業技術 (FA装置)
仕事内容
(1) システムエンジニア
・製作仕様作成・システム及びソフト設計・製作及びプロジェクト管理・システム立ち上げ・納入・サポート
(2) 営業技術
・客先要望確認・客先要望をシステム仕様に落とし込む・プロジェクト管理(コスト&スケジュール)・SE技術的調整・お客様サポート
給与・雇用形態
(1) システムエンジニア:正社員(契約期間の定めなし)
(2) 営業技術:正社員(契約期間の定めなし)
待遇・福利厚生
・昇給制度あり 年1回
・賞与(年2回支給 )
・保険(健康保険、雇用保険)
・住居(家賃補助検討します)
・年金(厚生年金)
・子育て支援(今後検討します)
・交通費補助(正社員のみ適用、アルバイトは勤務状況によって保険あり)
休暇日数
週休2日制(土・日)、年間休日125日、祝日、GW、夏季休暇、年末年始、有給休暇
勤務地
伊那市内
応募資格
(1) システムエンジニア:FA分野にて経験3年以上勤務経験のある方
(2) 営業技術:FA分野にて経験3年以上勤務経験のある方
求める人物
・自分と異なる考え方だとしても、素直に話を聞くことができる。
・さまざまな人、事、物、情報などに関心をもち、身軽になって自分から積極的に取りにいくことができる。
・何か困ったことがあれば、すぐに報告・連絡・相談できる。
・コツコツと努力できる。
採用予定人数
(1) システムエンジニア:若干名
(2) 営業技術:若干名

FA分野のエキスパートエンジニアは、時間をかけ自助努力し続けることでなれると考えております。でも大変地味な努力が必要です。例えばお金がお金を増やすような仕事は一見華やかで羨ましいなと思う事もあります。反面、製造業のお客様が夢として語られた装置が、悩み全員協力して完成した時、そして目標稼働を始めた時のお客様の感謝されたお言葉・お顔は何よりも尊い私達への励ましになります。この感動体験を一緒に作り上げる仲間を募集しております。私達の仲間として共にチャレンジしていきましょう!
企業サイト

http://www.isysware.co.jp/

ケーブルテレビをライフラインとしてなくてはならない存在に。
伊那ケーブルテレビはその思いを軸に1986年にケーブルテレビ局として開局。
他のメディアではなかなか取り上げてくれない日々の出来事や地域ならではのイベント等を中心とした地域情報を発信し、地域から必要とされ、頼られ、期待されるケーブルテレビをめざしている伊那ケーブルテレビジョン株式会社代表取締役社長の向山賢悟さんにお話しを伺いました。

伊那ケーブルテレビジョン株式会社
代表取締役社長 向山 賢悟
ー 向山さんの自己紹介と現職までの経緯をお聞かせください。
会社設立は1984年、1986年にケーブルテレビ局としての開局が始まりです。

創業者は父でして、私は2007年に通信メーカー系のソリューション会社を退職し、同年4月に伊那市に戻ってきました。その後2015年6月に社長に就任しました。
伊那市へ戻ってきた理由は、シンプルにケーブルテレビへの興味が深かったから、ケーブルテレビが好きだから、また父親が創業した会社を継がなければいけないという使命感からです。

ケーブルテレビに興味を持ったきっかけは父の思いと言葉です。
私にとっては少年時代からケーブルテレビが生活の一部で当たり前のものでした。
ある時父から「伊那は昔、プロ野球ナイター中継が一部地域ということで、途中で打ち切られてしまう地域だった。一番盛り上がるシーンを見ることができないことが悔しかった。だから、地域間格差を埋めるためにケーブルテレビを始めた。」という思いを聞かされたことがあったんです。

これは今でも鮮明に覚えていて、心に残っています。
そういった環境の中で育ったので、その思いに子供のころから共感していたというのがありますね。

地上デジタル放送など時代変化のタイミングで父から「そろそろ帰ってこないか?」の一言がきっかけで伊那市へ戻ってきました。
ケーブルテレビに入社してからは、26,000世帯ある加入者の皆さんの自宅へ個別訪問し、地上デジタルへの切替の説明やチューナーの設置など、地道な作業からでしたね。
その後は現場経験を活かしつつ、管理部門、経営部門を経て社長に就任しました。
ー 貴社の理念についてお聞かせください。
「地域から必要とされ、頼られ、期待されるケーブルテレビをめざします」ということを経営理念としています。

経営方針は「地域から必要とされる情報を提供し、地域社会の発展に貢献すること」、「地域から頼られるライフラインを構築し、安心安全を提供すること」、「地域から期待されるサービスを提供し、豊かな暮らしに寄与すること」、「地域密着を宣言し、身近なテーブル局であり続けること」を掲げています。

伊那市の出来事は、民放各社やほかのメディアではなかなか取り上げてもらえないことが多かったので、地域の出来事、伝統、文化、歴史などを地域の皆さんにお伝えすることがケーブルテレビとしての任務であり、やりがいや楽しさでもあると感じていますね。

35年やってきて、ケーブルテレビがやっと認知されてきました。これまでの経緯を大事に昇華していきたいですね。現在ではスマートフォンや電気の事業も行い、サービスの厚みを増やしています。地元企業ならではのサービスを提供していけたらと思います。
ー 貴社の目指す未来についてお聞かせください。
地域において、日々の生活において「ケーブルテレビ」を、なくてはならない存在、ライフラインとして、存在価値を高めていきたいです。
個人的な思いとしては、企業経営者として、地域貢献、地域を良くしたいという思い「理想」と、加入促進等による売上、利益等の健全な経営「現実」を両立できるのがやりがいです。
また、IoT、AI、ローカル5G等の新産業技術をビジネス化する「デジタル的な考え」と、加入者の皆さんとの顔と顔の見える距離感でのサービス「アナログ的な考え」の両立もケーブルテレビならではの楽しさのひとつ。

創業以来、35年以上、地域とともに成長させてもらってきたケーブルテレビですが、放送と通信の融合、有線ネットワークから無線ネットワークへと、新しい時代に入り「ケーブルテレビ」という言葉自体が古びた印象を受けつつあると思いますが、これからを期待をしてもらえるような「ケーブルテレビ」を目指していきたいと思っています。
ー 求める人物像についてお聞かせください。
伊那のことが好きな人、伊那のことを好きになってくれる人が、ケーブルテレビに必要な絶対条件です。いずれにしても、ケーブルテレビで働けば、自然と好きになってくれると思います。
職種としては、ニュース取材、中継レポーター、番組企画、編集業務など番組制作スタッフです。
チームでの仕事ではあるが、ひとりでカメラを担いで、取材をし、編集をし、原稿を書き、アナウンスをすることもあります。
ー ありがとうございました。

伊那ケーブルテレビジョン株式会社

募集職種
番組制作スタッフ
仕事内容
番組制作スタッフ
・ニュース取材、中継レポーター、番組企画、編集、アナウンス業務等
給与・雇用形態
正社員
待遇・福利厚生
・昇給制度あり 年1回
・賞与(年2回支給 昨年実績 5ヶ月程度)
・保険(健康保険、雇用保険、団体保険等)
・年金(厚生年金等)
・営業手当、皆勤手当、衣装手当、資格手当、通勤手当等
・社員旅行あり(2年に1回)
休暇日数
週休2日制(希望日を含め7~8日程度)
祝日、GW、夏季休暇、年末年始、慶弔休暇、有給休暇
勤務地
伊那市内
応募資格
番組制作スタッフ:短期大学もしくは大学卒業、パソコン操作、未経験者歓迎
求める人物
・自分が暮らしている地域を好きな人、好きになれる人
・チームワークを大切にし、感謝の気持ちを忘れない人
・多様な考えを理解し、自分の考えを持ち、本質を見極めようとする人
採用予定人数
番組制作スタッフ:1~2名
企業サイト

http://www.inacatv.co.jp/

1947年に創業、73年の歴史を持つ老舗菓子屋・株式会社菓匠Shimizu。初代が物売りの餅屋として商売を始め、2代目が和洋菓子併売店として店舗を開業。現在はケーキなどの洋菓子をメインに、3代目の清水 慎一さんが経営しています。
店頭での販売のみならず、家庭でも本格的なお菓子を作れるよう始めたライブ配信のお菓子教室や、お菓子を通じて一人でも多くの子どもに夢を提供したいと始めた「夢ケーキプロジェクト」など様々なイベントを展開。今春には都内へ進出し、世界に向けたブランド発信を見据えている清水さんにお話しを伺いました。

株式会社 菓匠 Shimizu
代表取締役 清水 慎一
ー 創業のきっかけについてお聞かせください。
今から73年前に餅屋として祖父が創業。2代目の両親が和洋菓子併売店として店舗を作り、現在は洋菓子メインで自身が3代目としてやっています。
まず東京でお菓子の修業を始め、その後パリで修業、帰国後は九州で修業。約11年間修業し、伊那へ帰ってきました。
ー 跡取りについてはどのようにお考えでしたか?
最初は継ぐつもりはなく、全く別の道を考えていました。でも両親が続けてきたお店なので、長男だし継がなきゃならないだろうと思い、お菓子作りの世界に入りました。
元々お菓子が好きとか、作ることが好きというわけではなくて。実家を継ぐためにお菓子作りを始めたのがきっかけですね。でもやるからには極めようと色んな勉強をして、どっぷりお菓子にはまっていきました。今思えばよかったなと思います。

当初は、お菓子を作ること、売ること、食べてもらうことの意味がよく分からなくて。
ただ単に、美味しくて綺麗なお菓子を作って並べて売るという普通のお菓子屋さんのスタンスに何が楽しいのだろうと疑問を感じていました。お菓子を作る楽しみがなかったので、もっと違う楽しみ方があるだろう、社会に対してもっと楽しいことが与えられるだろうと思って。
そんなことを毎日常々考えていく中で生まれたことが多いですね。

そのひとつが「夢ケーキ」という、大切な人と一緒に夢を語り絵に描き、それを実際にケーキにするといったイベントであったり、YouTubeを使ったお菓子教室であったり、スイーツのフルコースを提供してみたり。普通の人とは違うことをやっているのかもしれませんが、それが菓匠Shimizuの出来る付加価値かなと。
ただお菓子を作って売るだけじゃないという考えがそれぞれの活動に繋がっていると思います。
ー 貴社の理念ついてお聞かせください。
企業理念は、「菓子創りは夢創り」というのを掲げています。
ただお菓子を作って売ることはお菓子の勉強さえすれば誰でも出来ますが、そういうことはやりたくないと思ったので。スタッフと常に共有しているのは「我々はただ単にお菓子を作っているのではなく、お菓子を作るのはただの手段・ツールのひとつでしかない」ということ。
私たちは手段としてお菓子を持っていて、店舗や技術も含めて全て手段なんです。当然売上や利益もそうです。
目的は、お菓子の向こう側にある風景が明るくなる、幸せになること。
私たちはそれを「夢」という言葉で表現して、お菓子を通じて一人でも多くの方に夢を提供する、一つでも多く家族に家族団らんの時間を提供する、これが私たちの目的なんです。
だから、ただお菓子を作れば、技術が身につけば良いということではなく、身に付けた技術を何のために、誰のために使うのかということを社員一人一人が理解していくことを大切にしています。

ミッションも同じです。菓匠Shimizuがあることによって団らんの時間が増えたり、人生の岐路に立った時などに「Shimizuがあってよかったな」と思ってもらえるようなことをしたい。そのために何が出来るだろうかと。
正解や不正解がないから、マニュアルもない。良かれと思ってやったことでもたまに怒られちゃうとかもまれにあるけれど。自分が持っているものでお客さんに喜んでもらうこと、それが一番大事だと思っています。
ー お菓子を通じて喜んでもらうためにはどうしたら良いのかを考えられる中で大切にされていることはありますか?
一番大事なのは一緒に働く仲間です。お客様のため、地域のためというよりは、働く人たちが幸せを感じていないと、外部に何か好影響をもたらすことは不可能だと思っています。だからまずは働く社員が菓匠Shimmizuに出会えて良かったと思えることが一番大事です。そのうえで結果として、取引先、お客さん、地域、国と広がっていけば良いと。
ー YouTubeの配信はどういった経緯で始めたのでしょうか?
2年前からライブ配信で菓子教室を始めました。今までも菓子教室をやっていましたが、インターネットを通じて出来たら凄く良いんじゃないかと思って。ライブ配信の動画もアーカイブでいつでも見られるし、視聴者から質問も出来る。そんなサービスが出来るお菓子教室って他にないんですよ。

お菓子を通じて夢や幸せを届けたい、これを身近に出来るのが家庭でお菓子を作ることです。お菓子屋さんに行かなくても家で出来るじゃないかと。
お店の利益が上がらなくても、お菓子の力で世の中を平和にすることが実現出来るのであれば、良い。そういうのを広げたいと思ってライブ配信を始めました。
お菓子って幸せの時間を作るから、お店レベルのお菓子を家庭で作れたら凄いことだなと思って。それがやりたくて。
ー 御社の目指す未来についてお聞かせください。
長野県内でも数少ないですが、ビーントゥーバー(Bean To Bar)チョコレートをやっていています。
海外に年間で6~7回行って、自分で豆を選び輸入して、豆のローストから調合まで全部やっています。そこに伊那のアマランサスやトウガラシやアワや大麦、さまざまな野菜などを入れた伊那ならではのチョコレートを作りたいと思っています。それだと世界に発信出来るので。

2020年からはフランスの伝統菓子ティグレとチョコレートを扱ったお店を渋谷ヒカリエなど都内へ展開していく予定です。まずは1~2か月の催事からやって、常設店舗を作ろうと考えています。ブランド名を広めていって、菓匠Shimizuの名も周知していければ良いと。
また、チョコレートというアイテムを通じて喜ぶ幅が広がっていくと思います。チョコレートを知らない子供たちがカカオを育てて、カカオを知らない子供たちがチョコレートを食べている。発展途上国の貧困地域にフェアトレードで自社で輸入しチョコレートを作るということで少しでも還元出来ればと思っています。
ー 求める人物像についてお聞かせください。
本人がお菓子作りたいと思えば、作れます。お菓子を作りたいと思う人はお菓子を作れば良いし、接客をしたいという人は接客をすれば良いし。
YouTubeの編集とか撮影とか広報の仕事もあります。多岐に渡りますが、パッケージデザインや販促物を作ったりという方もいて良いと思うし。現場を知りながら作っていけると良いですね。
従業員は移住者が多く、半分くらいは伊那市以外から来ています。製菓学校を出ていないスタッフも半分くらいいます。なのでルートが決まってないですね。
パティシエになるには製菓学校を出ていないと駄目みたいなのがあると思いますが、うちのお店では関係ないです。いろんな事情があって製菓学校に行けない高卒の方でも、よし来いという感じですね。
ー ありがとうございました。

株式会社 菓匠Shimizu

募集職種
菓子製造、チョコレート製造、販売接客、経理事務、動画編集デザイン
仕事内容
菓子製造:生菓子・焼菓子製造または補助、チョコレート製造:Bean to Barチョコレートの製造、販売接客:ケーキやお菓子の箱入れやレジ、経理事務:パソコン作業、受注・発送業務、動画編集デザイン:WEB全般・YouTubeの撮影編集・インターネットお菓子教室の運営
給与・雇用形態
正社員、有期雇用社員、パート・アルバイト、個人事業主、フリーランス契約
待遇・福利厚生
賞与年2回、昇給有、社会保険全適用、各種手当有
休暇日数
労働形態を相談の上決定(基本的には週休2日制)
勤務地
伊那市内
応募資格
特になし
求める人物
自立型人間
採用予定人数
4名
企業サイト

http://www.kasho-shimizu.com/

伊那市と言えば「りんご」。そんな特産品のりんごを使ってシードルを醸造する「カモシカシードル醸造所」は農業の面から地域を活性化させたいという想いから生まれました。畑でりんごを栽培するところから製造、販売まで丁寧に行われ、安心で高品質のシードルを提供しています。
そんなやさしく世話をするように造られるカモシカシードル製造所の所長を務める入倉浩平さんにお話しを伺いました。

カモシカシードル醸造所
所長 入倉 浩平
ー 創業のきっかけをお聞かせください。
元々は認知症高齢者グループホームの経営を目的として2002年に設立された、福祉施設を主に経営する会社です(有限会社グルップボエンデ)。社長が医師で脳神経外科の専門医で、高齢者の行く先というのを目の当たりにしていたなかで、受け皿になればと福祉施設を始めました。
ー シードル造りを始められたきっかけは何だったのでしょうか。
シードル製造事業は、2016年に伊那市で開始しました。シードル醸造に着手した理由は2つあります。

1つ目は、シードル醸造事業が農業に関連した事業であることから、日本の農業の先行きを考え、その再生に貢献したいという考えからです。
日本の農業は、専業農家の減少、農業人口の高齢化、耕作放棄地の拡大、自給率の低下など問題が山積みです。
この事業開始により、自らりんご農園を作り、また地域の農家さんからりんごをもらい、それを加工して販売するということが出来る事業になっていますね。
自社でりんごを作るための耕作地を拡大し、農業人口の増加を促し、地域の雇用や活性化に貢献できるようにしたいですね。最終的には、日本でこのようなお酒がつくれることで、職の多様化、生活の豊かさに繋がると考えています。

2つ目は、福祉施設を運営する高齢者サービス業に対するイノベーションです。今までサービス業として3次産業をやってきましたが、1次産業である農業と2次産業であるシードル醸造という加工。3次産業の経験はあるので、自社内で6次産業が出来るということがイノベーションになるだろうと考えています。

長期的に企業経営を安定化させるためには、いわゆる「老舗」のように高品質、高サービスを持続することとイノベーションは欠かせない要素だと考えています。こういった背景から新しく複数の産業にチャレンジしようと始めました。
ー 貴社の理念・ミッションについてお聞かせください。
伊那市の地域特性を活かしたシードル作りですね。
私たちの生きている場所には、その場所特有の大地や水や空気感があります。また、そこに生きている人も独特の気質や言葉を持っています。

製品を作るとき、一方には世界中どこで作っても同じで、効率が良ければどこでも取り換え可能という考え方があります。ですが、このようなグローバリズムが推し進められていけば低価格競争の叩き合いとなり、資本や豊富な労働力を持つ側が独り勝ちすることは目に見えています。

他方、その場所でなくてはできないものこそ価値があるという考え方もあります。いくらグローバリズムの嵐が吹き荒れても、フランスのボルドーやブルゴーニュなどの特定のブドウ畑のブドウを原料にして、その場所のワイナリーで作られたいわゆるシャトー詰めのワインは高額で取引されます。
このように地域特性を最大限に活かし、小規模でその地域でものを作る方法を伊那の地でやっていくというのが、弊社のシードル作りの理念ですね。

伊那谷は、りんごの生育に非常に適した土地で、素晴らしいりんごができます。また市内には信州大学農学部があり、ここではりんごの生育を研究し、新しい品種を開発しています。
これを材料にしたシードルは、将来的にはフランスのワインのように、高い価値を持った商品になる可能性を持っています。
ー 今後の展望をお聞かせください。
地元のみなさんで飲んで楽しんでもらいたい気持ちもありますが、地元のみなさんがお土産として色んな土地に持っていき、その土地でも気に入ってまた買ってもらえたら、と思いますね。
なぜカモシカシードル醸造所のシードルが美味しく品質が高いものが出来るかというと、伊那市横山のりんごを使っているからなんです。標高が高い地で丁寧に作られたりんごで作ったシードルなので。ここを崩してしまうと味が変わってしまいます。なので生産数を2万本から増やすというのは考えてなくて。

新しい取り組みとしては、長野県内のりんごを集めたシードルを蒸留して樽に入れ、この地で7~8年寝かしたアップルブランデーを色んな方に飲んでもらいたい、作っていきたいという思いがありますね。
加えて伊那市含め長野県は果物の生産が多いので、ブルーベリーとりんごのシードルだとか、カシスとりんごのシードルだとか、洋ナシのポワレとか、いちごのスパークリングも作っていますし、そういった取り組みもやりつつというところですね。
ー 今後カフェなどを併設していくという話も伺ったのですが。
アップルブランデーの醸造所を作り、どういう風にシードルが作られているのか、貯蔵されているのかがみられるカフェを作りたいと思っています。そういった観光も含めた取り組みも出来たらと考えています。
ー 求める人材像についてお聞かせください。
お酒を作ってみたい方、ものづくりに興味のある方が一番良いと思います。 機械化も進んできているので、凄く重い荷物を持つとかはないし、今の人員で時間も9時~5時で終わるくらいの作業量なので、凄く厳しい業務内容はないと思います。ただ、りんごのケースが1ケース18kgくらいあるので、それが持てるくらいであれば、ですね。
ー シードル作りにおいて、これが楽しいなと実感するポイントはありますか?
思ったより、お酒造りというのは動物園の飼育員のようなところがあって。人間優先じゃないんですよ、お酒優先なんです。
お酒の機嫌が悪かったら、世話をしてあげなければならない。酵母の発酵が順調にいくように世話をしてあげる。
世話をする仕事であるというところですね。動物よりさらにものを言ってくれないので、感受性とかも必要かもしれないですね。
ー ありがとうございました。

カモシカシードル醸造所

募集職種
製造
仕事内容
果実酒醸造
給与・雇用形態
正社員、パート・アルバイト
待遇・福利厚生
賞与年2回、昇給有り、健康保険、年金
休暇日数
月8休、盆休み、年末年始、有給
勤務地
伊那市
応募資格
要運転免許
求める人物
リンゴのお酒を造ってみたい方
採用予定人数
1名
企業サイト

https://kamoshikacidre.jp/

創業70年、めっき加工処理に専門特化した製品を生産するサン工業株式会社。豊富なめっきメニューと高い技術力・開発力を持ち、全国約1,300社あるめっき会社の中でも上位クラスに入る利益を上げるとともに、業界内でも顧客満足度の高いめっき会社として知られています。2016年には全国の中小企業の中から優れた成果を挙げている企業を表彰するグッドカンパニー大賞(公益社団法人中小企業研究センター主催)にて優秀企業賞を受賞。
顧客ニーズへの細やかな対応で取引先を増やし、攻め続ける2代目社長・川上健夫さんにお話しを伺いました。

サン工業株式会社
代表取締役社長 川上 健夫
ー 川上さんの自己紹介と現職までの経緯を教えてください。
サン工業の創業者は父で、私は2代目です。
20代の頃は、父の跡を継ぐことはあまり考えていなくて、もともと好きだったデザインの勉強をするため東京の大学へ行きました。
大学が夜間だったので、夕方に電車で通学していたのですが、途中には新宿があり、電車から見えるネオンの街並みに引き寄せられ下車してしまう。大学へ行かずに遊ぶ日々を過ごしていて、ようやく卒業したのは6年後でした。
その後もデザインの世界で認められることなく、また、そこに対して熱いものも特にないままで。心の定まらない日々を過ごしていました。

そんな中、坂口安吾の「堕落論」に出会ったんです。
「人間は堕落する。でも、墜ちるところに墜ちて、初めて真実の自分を発見し、救われる。人間は堕落はしても、決して堕落しきれるものではない。」
これを知り、少し楽になったとともに、今後の人生について考え始め、父の会社をちゃんと手伝わなければいけないと思い、伊那へ帰るしかないと決意。
これがきっかけで1975年にサン工業に入社しました。
ー 仕事をされる上で大切にしていることはありますか。
仕事を始めてから仕事がいやだと思ったことはないんです。
人間は24時間平等に与えられていて、そのうち8時間は無意識の状態です。
そうなると人間は、残りの16時間の過ごし方が人生に重要となります。
16時間のうちの半分が仕事なのでその仕事が楽しくないと人生も楽しくなくなるんですよね。遊びについても同じで、目いっぱい楽しみます。
人生1回きりなので、思い出や体験を細胞に記憶としてたくさんとどめたい、
なるべく経験できるものを経験したいですね。

よく人生は年を取ると時間が短く感じられるといわれますが、それは、ほとんどが予定調和になってしまうからなんです。年を取ると新しい景色や人との出会いは少なくなってきます。だからこそ、日々新しいことにチャレンジをし、変化に追随する心構えを大切にしています。
ー 貴社の理念、ミッションについてお聞かせください。
30年前から「YES I CAN」というスローガンを掲げています。

30年前の当時は、メッキに対して、技術力も知識も総合力も少ない中で、設備や教育への投資に伴う借金をなんとしても返していく必要がありました。
でも売上を伸ばすにも技術や知識もなく、どうしたら良いかと考えた時に根性でやるしかないと思ったんです。
当時は私も営業に出ていましたが、とりあえず「何でもやります」という姿勢でやっていた結果、出てきた言葉ですね。

「YES I CAN」
さーやるぞという明るく前向きで好きなんですよね。

「YES I CAN」という何事にもチャレンジをしていく当初の根性精神から始まり、今では新しいもの、時代の変化、会社の変化にトライしていくという姿勢に変わって、それがほとんどの社員に浸透をしてきています。
常に新しいことにチャレンジし続ける企業風土は大切にしたいですね。
ー 貴社の目指す未来についてお聞かせください。
「サポートインダストリー」
表面処理技術を通して、日本製造業の高度なものづくりを、しっかり支え続けることを使命としています。
日本は失われた30年と言われるように、経済が低迷し続けています。この低迷には、私たち製造業にも責任があると感じていて。
全国約1,300社あるメッキ会社の中で、弊社は利益ベースでみると10~20番目を位置しているんです。となると日本の製造業の中の表面処理技術は、我々がけん引していく責務がある。そういうことを誇りとして、やりがいとして、支え続けていきたいですね。
ー 求める人物像についてお聞かせください。
1つ目は、新しいことにチャレンジをして新しい知識を得て、新しい技能を身に着けて、新しい変化に追随できるような心構えが持てる人を求めています。
それは、自分の仕事に対して誇りをもってやってもらいたい思いがあるからです。
誇りをもって仕事をするためには、停滞せず、常に自分の能力以上の高みを望んでいく姿勢が大切です。

2つ目は、正しい情報を得る能力です。
今の情報化社会の中では、たくさん情報が飛び交っているので、自分なりに正しい情報を創意工夫で精度の高い情報を得る能力が求められています。
多くの企業はソリューション方で、困っていることに対して的確な回答をもっていけばビジネスにつながります。ただ、どこがどういう困りごとを持っているかは、ネットには転がっておらず、実際の現場の中での人との付き合いの中での本音でしか出てこないんですよね。
自分の足で稼いで本当の情報を求められる人、そんな地に足についた付き合い方ができる人、能力が求めてられています。
ー ありがとうございました。

サン工業株式会社

募集職種
(1)開発
(2)システムエンジニア
(3)営業
(4)生産技術
仕事内容
(1)開発
・新規品の研究開発、試作等
(2)システムエンジニア
・社内ネットワーク構築、管理、運用推進
(3)営業
・新規顧客開拓、既存顧客先営業
(4)生産技術
・社内設備保全、機械設計等
給与・雇用形態
正社員(試用期間中の賃金は、面接時に相談の上決定いたします。)
待遇・福利厚生
・賞与:年3回(昨年実績)
・昇給:あり(年1回4月給与にて)
・住宅手当:20,000円(5年間)
・配偶者・子供手当て:5,000円
・皆勤手当:2,000円
・通勤手当:実費(片道、上限なし)
・退職金:401K・中退金・特退共
休暇日数
週休2日制(ただし月1回土曜日に全社員での研修あり)
勤務地
伊那市内(伊那インター工業団地内)
応募資格
他社での実務経験が5年以上
生産技術:各種資格保持者希望(電気・設備関係各種)
求める人物
明るく前向きで常に自己を成長させていく人、また積極的にコミュニケーションを図れる方。時代をキャッチし豊かな感性で先を見越す力を持ち続けられる人。
採用予定人数
各1名
企業サイト

https://www.sun-kk.co.jp/

3Dプリンターで造形した3Dプリント樹脂型を射出成形やプレス成形の金型として活用する特許技術「デジタルモールド(R)」は、日経優秀製品・サービス賞2016「最優秀賞 日経産業新聞賞」など様々な賞を受賞。ものづくり白書にも掲載されるなど注目を集める。製品開発期間の短縮や試作コストの削減を実現する革新的な技術として期待されています。
業界を突き進むスワニーの代表取締役社長 橋爪良博さんにお話しを伺いしました。

有限会社スワニー
代表取締役社長 橋爪 良博
ー 橋爪さんの自己紹介と現職までの経緯をお聞かせください。
スワニーは1970年に祖父がスワニー精機製作所として始めた会社で、モーター部品などを作っていました。
私は2009年までサラリーマンをしていましたが、家業を継ぐため2010年に実家に帰ってきました。でもその頃には会社には仕事もないしお金もないし、最盛期には60人いた従業員も両親だけという状況で。 スワニー精機製作所としてやっていた仕事をそのまま継ごうと思っていたのですが、コストを見ても何をみても勝ち目が見つからなかったんです。
だから自分の得意なことを仕事にしようと考えて、設計を中心とした「カタチづくり」をビジネスの主軸へすべく方向転換しました。

「ものづくり」ではなく、「カタチづくり」です。
ものは作って終わってしまうんですけど、今後は、ものを作るための仕組みから作っていく時代になってきます。
このような背景から今のスワニーが始まり、現在では最新の3Dプリンターを使った試作や、少量多品種のモノづくりをしてベンチャー企業の小ロットのお手伝いをしています。
ー 貴社の理念についてお聞かせください。
「小さな失敗を、早い環境で繰り返せる環境を作ること」です。
失敗しても、すぐにやり直しちゃえばいいじゃんという会社の環境、仕組みづくりをしてきました。

失敗を恐れすぎちゃうと技術って発展しないので、小さな失敗をとにかく速いスピードで繰り返せれば、この地域で経験がない人を雇用しても一気に育てることが出来るんです。
挑戦しろという会社に限って失敗できる環境は一切用意されていなくて、ちょっと失敗したら大騒ぎですよ。それが嫌なんです。
失敗できる環境は、新しい技術やアイデアを生み出すための良い環境になります。
カタチづくりの一環として行っているのが、「ご当地お土産プロジェクト」と「内職ワークスペース」です。
ご当地お土産プロジェクトとは、伊那市の製造業で協力して完全地産の最終商品を生み出す活動です。
ご当地お土産プロジェクトを通じて、0から販売まで全て1人の設計士で一気通貫できる機会をつくっています。

内職ワークスペースは、商店街の空きスペースに主婦や退職後のご高齢者など空き時間のある方々に来てもらって、組み立てをやってもらう家内労働法に基づいた仕組みです。
昔は大量消費の時代でしたが、今は多様種商品型の時代。沢山のものを短い時間でどんどん作らないと飽きられてしまうんですよね。小ロットのものを自動化する必要がないので、それを作り上げる場所・人を作っています。
自社製品を持ちたくてやっているわけではなく、仕組みづくりですよね。

私は、設計力=提案力と実現力だと考えています。
自分で提案して自分で形にする。それができる人って設計者と呼ばれるなと。弊社のスタッフはとにかく自分で提案して自分の力で形にしてねといった方針で行っています。
経営者として作る、「失敗できる環境」と、提案と実現をしてくれる「設計者」が機能するとお客さんの予測を一気に上回るんですよ。すると、小さな会社でも田舎でやっていても、日本で一番頼ってもらえる設計会社になるんですよね。
ー 貴社の目指す未来についてお聞かせください。
近年は設計・試作だけでなく、3Dプリンターを活用して樹脂型を作成する「デジタルモールド」(3Dプリンターで造形した3Dプリント樹脂型を射出成形やプレス成形の金型として活用する特許技術)を行っていますが、例えば3Dプリンターなどは新しい技術が日々、世界中から出てくるような時代です。
なので5年後10年後を見据えれた方が逆に怖いなと思っていて、5年後10年後に対応できるように変化できる会社を作ろうと考えています。小さい組織の塊のような、すごく変化に強い会社にならないといけないと思っていますね。

もう一つは、会社ってそもそも誰のためか、本質の部分をちゃんと説明できる会社になるべきだと思っています。
現代は、すごく情報が入ってくる時代で、本質を見極められる子が増えていると思うんですよ。
自分は何のために仕事をするのかということを本気で考えている。こういう時代に何をモチベーションに働くのか。よっぽど今の若者たちは単純じゃないので。
ー 募集職種、仕事内容についてお聞かせください。
とにかく目の前のことをがむしゃらにやる人。未経験の方がいいですね。
弊社の仕組み自体が新しいので、教科書が出ているわけでもないですし。すごい短期間で金型を作れるようになったりするので。
もう思いだけあれば大丈夫。思いも後からつけるものだからなくてもいいんですけど、どんなことであっても目の前のコトをがむしゃらにできる人が欲しいですね。

弊社の義務って設計をやることでも金型を掘れることでもなくて、とにかくありがとう、またよろしくねと言ってもらうことなんです。でないと継続しません。
その手段が3Dプリンターのようなツールであったり、クライアントさんからいただいた設計案件だったり。手段でしかないんです。
医療系のビジネスも手掛けていますが、それは今の時点でお客様のニーズに応えるための手段であるということです。もしかしたら数年先は全く別のビジネスを提供しているかもしれないですね。
ー ありがとうございました。

有限会社スワニー

募集職種
エンジニア
仕事内容
製品設計、試作、3Dプリント業務、製品化支援
給与・雇用形態
正社員、パート・アルバイト
待遇・福利厚生
雇用形態によって条件が異なります。
休暇日数
週休2日
勤務地
伊那市内
応募資格
特になし
求める人物
有限会社スワニーは、現場経験豊富な技術者が3Dデータを駆使して、受託設計、部品試作、少量生産や量産支援まで製品開発に関するお客様の要望にお応えします。「人の心を動かすカタチづくり」をコンセプトに最新の技術と設備を積極的に取り入れることにより、市場のニーズに合わせたソリューションを提供しております。
スワニーの理念に共感し、明るくポジティブに様々なチャレンジにも取り組める人材を求めています。我こそはという方はぜひご応募ください!
採用予定人数
2名
企業サイト

http://www.swany-ina.com/

天下第一の桜の名所として知られる信州・高遠。この地で慶応2年に酒造店を創業し、150年以上の歴史を持つ老舗酒造「仙醸」。米造りの品質向上と風土やその年の酒米の特徴を生かした酒造りを追求し、南信州を代表する酒蔵として愛されています。近年では「米発酵文化を未来へ」を経営理念に、酒造りで培われた製麹、糖化、発酵といった技術を清酒以外の商品の開発にも応用する試みを始め、どぶろく、あまざけなど新商品も開発。 歴史ある酒蔵、株式会社仙醸の6代目を務める黒河内 貴さんにお話を伺いました。

株式会社 仙醸
代表取締役社長 黒河内 貴
ー 黒河内さんの自己紹介と現職までの経緯を教えてください。
江戸時代の終わりから酒造業をやっています。私で6代目です。
子供のころから何となく、自分は跡取りなんだということは感じていました。
ですので、大学進学後は実家へ戻って事業を継承する考えでいました。
そんな中、どうせ戻るならできるだけ多くの経験をしておきたかったので、卒業後、ロンドンの大学院で2年間留学をし、国際関係史について学びました。留学を通じて、多くの見聞を広げることができました。

留学から戻ってきた当初は、お酒の業界も変わり売上が縮小傾向にあったので、まずは自社の現状を立て直したいと思い、24歳の2001年から仙醸に入社しました。そして、2009年に社長に就任しました。

家業を継ぐことはポジティブに考えていていました。自分の代わりに仙醸を継げる人はいなかったし、自分がやらなければと思っていましたので。
仮に留学をしたからといって、どこかの外資系の企業に就職したとしても、それは自分である必要はなく、いくらでも取り換えが利くと考えていたので。
家業を継いでやれることをやろうというポジティブな考えでしたね。
留学を終えてみると何でもできるような自信がついていて、自分が立て直してやるという気合がありました。
ー 貴社の理念についてお聞かせください。
「米発酵文化を未来へ」
これが、仙醸の経営理念です。
酵素の力や麹を使った伝統的発酵食品の価値は、今後見直されてしかるべきですが、そのためには現代人の味覚やライフスタイルに合わせていく必要があると考えています。

この考えのきっかけは、一つの成功体験からです。
業績が悪化している時期に、日本酒にとらわれない新しい商品を開拓しようと考え、2005年にあまざけ、2011年にはどぶろくを作りました。どぶろくに関しては、発売以降、好調な売れ行きでした。

日本酒の枠から出て、隣接する分野に出たことよる成功体験から、米を原料にして発酵技術が活かせることを全般にやると捉えたほうが、文化の継承に繋がると考え、今の経営理念ができました。

現在は日本酒だけでなく、あまざけ、米麹、焼酎、酒粕など広く取り扱っています。こうした商品を、発酵食品に縁の薄い若い世代にも普及させていくことで、麹文化、米発酵文化を次世代に伝えていきたいです。
ー 貴社の目指す未来についてお聞かせください。
理念と同じく、麹文化、米発酵文化を次世代に伝えていくことです。
昨今、お米の消費、日本酒の消費が年々減少することにより、農家の継承者減少、農作放棄地の増大といった問題をまねいています。
一方で、和食や発酵の文化は世界遺産となり、醤油やみその輸出は増えています。
その視点で見ると、長い目で見れば和食・発酵文化は広がっていくはずだと思うんです。

米発酵文化を次世代に伝えていく、広げていくためには、まず企業として永続させることが必要となりますが、そこで重要となるのが、「人」です。
働いている人が持つ成長意欲を尊重し、強みを伸ばす環境、意識の高い人の居心地がよくなる環境をつくる。その環境を通じて全体の意識レベルを高くし、属人化しない組織をつくる。そんな経営をしたいと考えています。

そこが今後、一番差がつきやすい点になると考えているからです。
例えば日本酒でいうと、品質面は、今ではどのメーカーも努力し設備投資を行っているので、レベルが高くなってきています。しかし仮に、現在働いている職人の技術レベルが高いから高品質を保っている、としたら、その人がいなくなればどうなるか。という問題になります。
実際、自社に置き換えてみても、過去には製造技術者が替わったから酒の味が変わるということもありました。目指しているのは、極端な話、誰が造っても良いものができる状態です。つまり、個人でなく、組織として機能しているから、良い商品が造れる、という経営を目指しています。
ー 求める人物像について
会社の理念に共感して、前向きに動いている方であればいいですね。
1人1人が意識として高いレベルで仕事をする。給料をもらうためだけに仕事をするのではなくて、自分がこういう風に成長したいから働きたいという意識。
仙醸で働く理由はどうあれ、少なくとも自分を成長させたいという気持ちがある方を求めています。
ー ありがとうございました。

株式会社 仙醸

募集職種
製造職
仕事内容
日本酒や甘酒、どぶろく等の製造と販売
給与・雇用形態
正社員、パート・アルバイト
待遇・福利厚生
面接等でご相談の上
休暇日数
年間112日
勤務地
伊那市内
応募資格
特になし
求める人物
意欲があること
採用予定人数
1名
企業サイト

https://www.senjyo.co.jp/

私たちの日常とは少し離れた存在の薪ストーブ。
「ディーエルディー」はそんな薪ストーブの販売を中心に「生活を楽しむ」ことを感じてほしいという想いからスタートしました。販売だけではなく、メンテナンス作業も行っており、今後は生活に関わる様々な用品を開拓していきます。薪ストーブを中心に豊かなライフスタイルを提案していく株式会社ディーエルディーの代表取締役 三ツ井陽一郎さんにお話しを伺いました。

株式会社ディーエルディー
代表取締役 三ツ井 陽一郎
ー 創業のきっかけをお聞かせください。
きっかけは「寒かったこと」です。ものすごく寒かったんですよ、昔。暖房の設備も住宅の設備も悪くて。
家の中は氷点下なんですよ。だからお膳の上におつゆを出してくれてもすぐ凍っちゃう。50年前くらいはそんな生活だったんですよ。
寒くて逃げ場がないからこたつの中に潜り込んでじっとするしかないし、寒いと何もやる気が起きなくなる。だから冬は本当に苦しくて、嫌で嫌でしょうがなかったです。

ですが「奥様は魔女」とか、海外の映画を観ると、冬でも凄く豊かな暮らしで夢のような生活を送っているわけですよ。
当時、宣教師の家に呼ばれて行ったことがあったんですが、彼は、アメリカのメーカーが作り始めた薪ストーブをいち早く使っておりまして。
そこで初めて薪ストーブを体感し、 「めちゃくちゃいいな」「これがあれば温かく暮らせる」と確信しました。それがきっかけで薪ストーブの輸入を始めました。
ー 貴社の企業理念をお聞かせください。
企業理念は、「The best product with the best service.」
世界からこれはいいと思ったものだけをベストなサービスと共に提供しよう思っています。

薪ストーブは、 単純に売るだけでは普及していかないんですよ。
普及しない大きな理由の1つは、個人でのメンテナンスの難しさです。
全国に600 社以上薪ストーブ屋がありますが、売れているのはたった 7,000台だけ(ストーブ協会に加盟している会社の輸入総数)。
ひとつの薪ストーブ屋で売れるのは十数台と少ないんです。
メンテナンスが増えてきて、人件費も増えてきます。そのための人員確保は大変なことです。だから十分メンテナンスできないストーブ屋さんが増えてきています。だから普及しない。

弊社ではそれを乗り越えて、メンテナンスも全て徹底的にサービスを提供しようと思い、全て自社の社員でやっています。例えば煙突掃除だと年間 5,000 件ほどありますね。
施工やメンテナンス、薪の供給など様々なサービスをつけて地域に普及していこうという意味で「The best product with the best service.」を掲げています。
ー 貴社の目指す未来についてお聞かせください。
1つ目は、「ドラマチック・ライフスタイル・ディストリビュート」。
豊かなライフスタイルを提案していくことを仕事としてやっています。
ですので、薪ストーブだけを扱っているわけではありません。普段の生活を楽しむということは、欧米は得意なんですが、日本はその点において苦手・貧しいと感じています。「生活を楽しむこと」の大切さを日本人の皆様に伝えていきたいですね。

2つ目は、薪ストーブの取り扱いに関していうと、環境問題への思いです。
ヨーロッパは、昔から環境に対する思いや教育・施策が進んでいたため、薪ストーブの普及率は50%を超える国も。これは都市部を含むので伊那市のような地方部ではほぼ100%普及しているところもあります。それに比べて日本はどうかというと、0.3%(dldの計算では)しか普及していないんです。
伊那市が最も薪ストーブが普及していると言われているが、それでも普及率は5%ほど。これは非常に恥ずかしい話です。

もしかすると、薪ストーブは、煙が出るから環境に悪いというイメージがあるかもしれませんが、実際には、一冬暖房器具を薪ストーブだけにしたとすると、2トンのCO2が削減できるんです。これはすごいことです。

なぜ削減できるかというと、薪ストーブで木を焚くとCo2を排出します。しかし木はその成長の過程で光合成によってCO2を吸収するので、CO2の排出は±0になる。これが『カーボンニュートラル』という概念。
そして灯油などの化石燃料を使わない分が木を燃やしてCO2を排出し、木が光合成をしてCO2を吸収するので、プラスマイナス0になる。 つまり、灯油のような化石燃料を使わない分がCO2の削減量に直結するんです。また、木を使うことで森林の荒廃事情も改善できます。

薪ストーブを使うことで、山をきれいにすることの促進、地域の雇用の創出、環境問題への貢献、それから生活の豊かさの提供につながります。悪いことが全くないんですよ。ですが普及がなかなか進まないのが現状です。

生活を楽しむこと。環境にやさしく生きること。この大切さを皆様に発信することで、一生懸命考えていただき、薪ストーブの普及を促進していきたいです。
ー 求める人物像についてお聞かせください。
営業職は「薪ストーブを普及させる」という強い思いが欲しいですね。
ニッチな世界ですし、薪ストーブは面倒くさいというお客さんの意識を変えていかないといかない仕事。それは地域を開発していくような仕事なので、ビジネスライクでは出来ないんですよ。だから自分たちが薪ストーブを普及させていくという思いを持てるような人材が欲しいですね。
ただ、知識などについてはこれから身に付けていけばいいので、真面目に取り組める方がいいですね。

現場に関しては、メンテナンスは日々同じ作業を繰り返すような仕事。だからこの仕事に関しても強い思いがないと、毎日やっていることの意義が見出せず、面白くないと思うので、薪ストーブを普及させたいという思いを理解し共鳴して一緒になってやってくれる人を募集したいですね。
現場、メンテナンスに関しても経験がなくともいずれ教育していけるだろうと思うので真面目な方がいいですね。
ー ありがとうございました。

株式会社ディーエルディー

募集職種
営業職・工事職・カスタマーサービス
仕事内容
薪ストーブ等の開拓・ルート営業 / 薪ストーブ取付工事 / 煙突掃除等
給与・雇用形態
正社員
待遇・福利厚生
・賞与:年2回
・家族手当
・通勤手当
・各部署による技能手当 等
・役職手当 等
休暇日数
週休2日制(11月12月は土曜出勤)、年間休日117日
勤務地
伊那市内
応募資格
普通自動車免許
求める人物
当社のスタイルや扱っている商品を理解いただき、普及をしていきたいと考えていただける方。
採用予定人数
4名
企業サイト

https://www.dld.co.jp/

結婚をきっかけに奥様のご実家である伊那市に移住した鈴木孝之さん。義父様が経営されていた建設会社と不動産会社を事業継承し、2006年から株式会社中央不動産の社長に就任。アパート経営などの賃貸業や物件を売買して利益を得る不動産開発事業よりも、物件と人を繋ぐ仲介業に魅力を感じ、現在は不動産仲介業者として営業しています。
土地建物の売買・賃貸の仲介だけではなく、不動産相続、移住・二地域居住・別荘ライフといった、地元のことに詳しくない方への一からの相談も親切に対応。信州で一番親切な不動産屋を目指す代表取締役の鈴木孝之さんにお話しを伺いました。

株式会社 中央不動産
代表取締役 鈴木 孝之
ー 貴社の現在までの経緯をお聞かせください。
当初は建設会社を本業としてやっていました。不動産会社は、建設会社で住宅を建てるための土地を購入したり、建設したアパートや貸家の管理をする程度だったのでメインではなかったですね。しかし義父が他界したため建設会社は縮小したので、現在は不動産業を専業でやっています。
ー 結婚をきっかけに伊那に移住されたとのことですが、その時の心境はいかがでしたか?
妻とは学生時代に東京で知り会いました。結婚を申し込んだ際に義父から「伊那にきてうちの会社に入らないか」と言われ当時は義父が元気で社員も何人もいたので、結婚して移住し一社員として転職するという気軽な気持ちでした。
ー 事業継承されて紆余曲折あったと思いますが、それでも続けられた思いや秘訣はありますか?
義父が急逝したので会社は混乱したのですが、私自身は義父が亡くなる前に、後を継ごうと決心していたので何とかしなければという気持ちでした。ある時会社の運営についてコーチングしてもらったときに、「鈴木さんは不動産業の中では、仲介業に専念するのが良いのでは」と言われました。

不動産業は大きく分けると3つ種類があります。
土地を仕入れて分譲マンションを建てて販売する(ディベロッパー)不動産開発業と、投資物件で長期で利回り収益を得る不動産投資業(不動産賃貸業、大家さん業)、不動産仲介業がありますが、自分の場合は開発と投資は合わないと気づきました。
不動産開発や不動産投資では、いかに安く仕入れて高く売ったり貸したりするかにかかっています。しかし、売主は少しでも高く買ってもらったえば喜ぶし、買主、借主は安いほうが喜ぶ。
直接お客さんとコミュニケーションを取って喜んでもらうことが好きな自分は買い叩いたり高値で売ることが苦手で、高く買って安く売ってしまう。
仲介業の場合は、売主・買主両者が納得行ったところで成立するので、どちらも喜ばせることができ自分自身もやりがいを感じます。

不動産というものを扱うこと自体を面白いと思うし、昔からもめごとの仲裁をしたり、人を紹介して繋いだりしていたので、仲介業というのは天職だなと感じるようになりました。

不動産仲介業が気に入っているもう一つの理由は、この仕事は他の業種と少し違い、同業他社と協力して一つの仕事に取り組むことができることです。自分のところで持っているひとつの物件を他社と情報共有していたほうが、仕事がうまくいくことも多いのです。
売主側、買主側それぞれに対して仲介者となり、それぞれに対して書類や手続など労力のかかる仕事があり、それぞれから仲介手数料をいただく仕組みなので、すべて一社でやるよりも他社と一緒にやった方が早かったり、上手くいったりすることもあるのです。
だから不動産仲介業者は単に競争や奪い合いの世界ではなく、自分のところで持っている情報も他社と共有してお互いに紹介をして成り立っています。
ー 貴社の理念についてお聞かせいただけますか。
「不動産の持つ価値を最大限に高めて、最も有効活用できる人のところに繋ぐ」。ということを大切にしています。
たとえば、土地を売りたいという人がいたらそのまま売った方が良いのか、アパートを建てた方が良いかなど、その不動産をどうしたら良いのかということをまず相談します。そしてその後の資産管理まで含めて一番上手く活用できる方法を考えて提案出来るようにしています。

ネット社会になり、賃貸や売買でただ単に物件を紹介することはホームページやポータルサイトがあればよく、人でなくてもできてしまうようになり、直接取引ができるようになれば物件の紹介者としての仲介業はどんどん市場における価値が少なくなっていくと思うんです。でもネットだと、土地や建物の状態が詳細には分からないし、情報が出ていても良い悪いの判断は自分ではつかないと思います。

だからこそ売主が「高く売る、早く売る以外に何を求めているか?」とか、買主が「本当に自分にあった物件はどんな物なのか、その選択で良いのか?」などの判断をサポートするという、ひとりひとりの状況にあったコンサルタントとしての仲介業の価値を大事にしてやっていきたいと考えます。
移住に関しても、「気に入った物件があったから移住する」というのではなくて、「まずその地域・街がその人に合うかどうか」「移住すること自体が適切か」など、そういう段階から話をし、新しい暮らしを一緒に考えることからやっていきたいと思っています。
ー 仕事をされるうえで大切にしている考えはありますか。
「バランスを大事にする」ですね。バランスというか、偏らないようにする。
売主ばかりでもないし、買主ばかりでもない、お客さんばかりでもないし、自分ばかりでもない、そういった意味でバランスを大切にしています。
ー 貴社の目指す未来についてお聞かせください。
不動産を通じて地方を創生していくことですね。東京の一極集中で地方に優秀な人材がいる必要がなくなってしまった。でも住環境を考えたら東京はストレスが多いので、地方の方が良いと思うんですよ。

移住で知らないところに行くっていうのはリスクが高いですが、知っている人やなじんだ人が出来れば行こうかなという気持ちになるかなと思うので、そういうことを不動産を通じて作っていきたいと考えています。
ー 求める人物像についてお聞かせください。
コミュニケーションが好きな人がいいですね。話下手でも構いません。
あとは、20代30代の若い世代の方がいいですね。
自分がこれから取り組みたいことが次の世代にアピールしていきたいことなので、自分の感覚と違う若い世代の感覚や、響く言葉だとかアイデアを出してもらい一緒に作っていきたいです。
ありがとうございました。

株式会社 中央不動産

募集職種
総合職
仕事内容
不動産の売買・賃貸の仲介・管理の顧客対応、物件管理、企画、ホームページの更新等
給与・雇用形態
正社員、有期雇用社員
待遇・福利厚生
賞与年2回、昇給あり、社会保険完備、住宅手当、通勤手当、資格手当
休暇日数
週休2日、年末年始、お盆、GW
勤務地
伊那市内
応募資格
普通自動車免許
求める人物
人とコミュニケーションをとることが好きな人
採用予定人数
1名
企業サイト

http://www.c-fudousan.com/

遊びに行く感覚で森へ入る。昔は良く薪や家具の材料として使われていた木材。そんな資源の宝庫である森林は、現代では少し遠い存在になってしまっている。「やまとわ」はそんな森林資源を見つめ直し、暮らしを豊かにする会社。伊那の木を使ったモノづくりなど行っています。そんな豊かな暮らしづくりを通して、豊かな森をつくる株式会社やまとわの代表取締役 中村博さんにお話しを伺いました。

株式会社やまとわ
代表取締役 中村 博
ー 中村さんの自己紹介と現職までの経緯をお聞かせください。
初めは、地元の郵便局で11年間仕事をしていました。でも家具を作りたいという強い気持ちがあり「いつかものづくりの道に進みたい」とずっと考えていました。ただ妻と子供もいて、この状況で新たにものづくりの道に進んでいいのかとずっと悩んでいました。
30歳を目前にして、50歳までこの仕事を続けられるかと考えたら「このままでは無理だ、やっぱりやるしかない。」と思いましてね。
絶対に守りたいものもあるし、どうしてもやりたいこともある。どちらも両立できる道はないか、と一生懸命探してました。

そんな中「食べ続けられる木工」を見つけたんです。
29歳の時に建具屋に転職し、家具職人のもとに弟子入りをしました。
生活を守りつつ、モノづくりができる理想の道でした。
ー 地域木材を使い始めたきっかけをお聞かせください。
木工を始めた当初は、地域材ではなく海外の輸入材を使って家具を作っていました。当時は純粋に家具が作りたいという気持ちで、地域木材を使うことには正直興味がありませんでした。

その当時森林塾を担当していた先輩が、世界の森林事情についてこんな話をしてくれたんです。
「日本人は、安い・利用しやすいという理由から、海外からの輸入木材をよく使っている。例えば、オーストラリアからはこんなにもたくさん。でも、実はオーストラリアは、森林の木を伐ったら自然に再生しにくい気候の国なんだ。反対に、日本の森林は、昭和30年後半から放置されはじめ、利用が進まないことで森林が荒廃している。世界の森林と日本の森林の荒廃を生み出しているのは、もしかしたら日本人の暮らしかもしれないね。」

この話に衝撃を受けたんです。
「おれはなんで輸入材を使って家具を作っているんだろう。」そう思いました。
家具屋だったらどんな方法でこの世界の森林事情に貢献できるのかを考えはじめて、その時から日本の木だけで家具を作るということを決めました。
ー 創業のきっかけをお聞かせください。
家具屋だけでできる森林利用は限られているし、難しいなと思ったんです。
もっと多様な提案活動をして、自分だけでなくて、自分たちが発信した考えに共感を覚えた方が森林利用をして、全体の利用を進めていく必要があるなと。
そう思ったのが起業のきっかけです。

そんな話を周りの人にしているうちに、今の仲間が集まってきてくれたわけです。
そこから会社を作ろうかという話が生まれ、やまとわを創立しました。
ー 貴社の理念、ミッションについてお聞かせください。
「森をつくる暮らしをつくる」
森の資源を使った楽しい暮らしの提案を通して、森と人の距離が近い未来を考える。
森と暮らしをつなぐ会社として社会をよくしていく。
これが、やまとわの理念でありミッションです。

いつの日からか森と暮らしはまるで遠いものになり、森と暮らしが離れていくにつれて、木の価格は下がり、森の担い手も減り続けています。
森で木を切ることは危ないというイメージから、誰も触れず、森はどんどんと暗くなり、荒廃していく。
でも私にとって、森へ行って木を伐ることは楽しいことで、遊びと同じような感覚なんです。
木を伐ることによって再びきれいな森が蘇るし、伐った木材を家具にすれば私たちの生活に取り入れることも出来る。そんな風に具体的に変わっていく姿が見えるのが楽しいんです。

現代は消費社会ですから、例えば余暇の使い方でいうと、買い物に行ったり、サービスを享受したり、「消費する」ことがほとんどだと思います。
一方で、林業や農業がわくわくする「遊び」だったら、遊んでいることが収穫になるので、とても最高な生き方になると思うんですよ。農業や林業がオシャレになるなど視点を変えた発想になれば、日本は豊かになるし、そういう考え方を発信していくことが、世の中にあるたくさんの課題を解決することに繋がると感じています。
ー 貴社の目指す未来についてお聞かせください。
生命に欠かせない存在である森を、より健全なものにしていくこと。
そのために、森と人々の暮らしがいかに近くなっていくか立ち止まって考えてもらう時間をたくさん作り、このことを本当に大事なことなんだと思ってくれる人たちを大勢にしていくこと、それが目指す未来です。
私自身、初めは森に行くことにはほとんど関心がなかったです。
誰かがスイッチを入れてくれて、今こうして森へ行くことに繋がっています。
少しでも興味をもってくださる方がいれば、「伊那こいよ。いくらでもつないでやるぜ。」という気持ちです。
ー 求める人物像についてお聞かせください。
もっとも大切なのは、企業の理念に共感してくれる人です。
どれだけ腕があっても、共感してくれる人でないと、一緒に働きたいと思えません。
等しくみんなは幸せになりたいと考えています。
何のためにこの仕事をやっているか。それは自分が幸せになるため。
幸せになることが、社会のためになっていたらさらに楽しいわけです。
本当にいい仕事ですよ。
ありがとうございました。

株式会社やまとわ

募集職種
(1)木工事業 ディレクター
(2)木工事業 家具制作(職人)
(3)木工事業 事務
仕事内容
(1)木工事業 ディレクター
・地域材を使った商品(家具等)開発の企画、運営
・木工事業部内の生産調整
・クライアントへの企画提案等
(2)木工事業 家具制作(職人)
・地域材を使った商品(家具等)開発の企画、試作等
・家具の制作
(3)木工事業 事務
・商品管理
・広報活動
・発送業務
給与・雇用形態
(1)木工事業 ディレクター:正社員(契約期間の定めなし)
(2)木工事業 家具制作(職人):正社員(契約期間の定めなし)
(3)木工事業 事務:正社員、アルバイト
待遇・福利厚生
・昇給制度あり 年1回
・賞与(年 2 回支給 昨年実績)
・保険(健康保険、雇用保険)
・年金(厚生年金)
・資格支援
・交通費補助
休暇日数
週休2日制(土・日)、年間休日122日
祝日、GW、夏季休暇、年末年始、慶弔休暇、有給休暇、特別休暇
勤務地
伊那市内
応募資格
(2)木工事業 家具制作(職人):家具制作の経験が2年以上ある方
求める人物
・「暮らし」や「森」というキーワードにドキッとする
・「森をつくる暮らしをつくる」という理念に共感する
・森や木や自然や焚き火などが好き
採用予定人数
(1)木工事業 ディレクター 1名
(2)木工事業 家具制作(職人) 1名
(3)木工事業 事務 1~2名

私たちが目指す未来を作っていくのは簡単なことではありません。自然と暮らしや、人と環境がお互いに「いい関係をつくる」ということだと思っています。これは簡単ではありませんが、それでも前をむいて目指さなければやってこない未来だと思っています。そんなビジョンに対して、楽しく前向きに課題を解決したい!と言ってくださる方をお待ちしています!
企業サイト

https://ssl.yamatowa.co.jp/